2009年12月19日土曜日

アグラー


(鮮やか!)

恥ずかしながらタージ・マハルは有名なモスクだと思っていたのだが。。。実はムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーン(在1628〜1658)の妃ムムダーズ・マハルのお墓だったのです。妃が亡くなった1631年に、その死を悲しんだ皇帝が約17年の年月と1万2000人の職人を派遣して、アジア中から白い大理石を集めて完成したのがこのお墓なのだ。そして、興味深いことにタージ・マハルには東、南、西のゲートがあり、北側にはヤムナーという川が流れている。この皇帝は川に橋を架け北側に黒い大理石で自分の墓を建設しようとしたといわれている。何故なら、イスラムの教えで、この世の終わりに全ての死者は墓からよみがえり、皇帝はその時妃と共に楽園に行くことを夢見ていたと言われている。しかし、実際に皇帝が計画していた黒い大理石の墓は現実することはなかった。。。それどころか、毎日世界中から多くの観光客がこの墓に足を踏み入れ、写真を撮って楽しむ観光地になっていることに、亡くなった皇帝はどう思っているのだろうか?

 

(ホントどっから撮っても絵になる!)

確かにタージ・マハルは15世紀に建てられたものとは思えないほど美しく、輝いている。逆に他の周りの民家の方がよっぽど古く感じてしまう。モスクのサイズも横250m×奥行き350mと十分な大きさがあるのだが、とても細かいところまで、彫刻がいきとどいていて、圧倒される。おそらく、現在の建設技術では同じものを建てることは出来ないんじゃないかな〜(かってな予測だけど)


(細かいところまで丁寧な彫刻。圧倒される!)


(この文字や花柄は描かれてるんじゃなく、石の彫刻だよ!)


写真の奥に見えるのがタージ・マハルの南ゲート。ゲートを出ればそこは何も変わらないインドの街の様子。一緒にバトミントンをして遊んだよ〜。この子表情が良いでしょ!

でも、ちょっと納得が行かないのは入場料について。まあ、今回の旅で回った国ではほとんどの場合、入場料の金額は現地人と観光客とで分かれている。その中でも一番驚いたのはカンボジアのアンコール・ワット。ここの入場料は観光客20USドル。それに対して、現地人は無料!?なんで?と思ったけど。。。次にこのタージ・マハル。ここの料金は観光客750ルピー(約1500円)、現地人はたったの20ルピー!これが観光客の現実ですよ!しかも、1年に平均200,000人の外国人が訪れるようで、チケットにも番号が書かれていて、因に僕は156,934番目でした。


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2009年12月18日金曜日

デリー part2

インドで安く旅をしたければ、一日500円ぐらいで宿3食の食事も食べられる。勿論、宿は数人一部屋のドミトリーで、食事は道ばたの屋台になる。これも最初の頃は良かったが、さすがに歳のせいか、ストレスが溜まってくるので、デリーでは少し良い生活をしようと宿は一日300ルピー(約600円)しかも値切ってこの値段。部屋には今までには消してなかったテレビ、エアコン、電話、そしてホットシャワー。ホテルなんだから当たりまえじゃん?と思っているあなた、今まで僕が泊まって来た場所では、それが当たりまえじゃなかったんだよ!東南アジアではシャワーは水ってところも結構あったし。。。

(これでもインドでは結構良い方のホテル)

デリーでの食事は毎回レストランに入って、100ルピー以上のものを頼むことにした。勿論そういう場所だと、観光客か現地の金持ちしか入らないことが多い。で、今回もインドではタブーとされているビーフステーキを食らったよ!こう見えて350ルピー(約700円)日本ではかなり安く感じるけど、ここインドでこんな大金を払って食事をしたのは僕も今回が初めて!!味もサイコー!やっぱりお肉はビーフだね。

(ボリューム満点!力が付きます)

今から誰もが知っているタージマハルがあるアグラーって街に行ってきます。恥ずかしながら、旅に出るまで、ダージマハルはデリーにあると思ってた!((恥)) 因にインドは移動も激安だよ。デリーからアグラーまで約4時間の移動もたった120ルピー(約240円)。JRも少しは見習ってほしいですね!

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2009年12月17日木曜日

デリー


(高さ42mのインド門は第1次世界大戦で戦士されたインド兵の門)

インドでの結婚は噂では聞いていたのだが、今回デリー行きの列車の中でインド人の人たちが事実を明らかにしてくれた。ここインドでは恋愛が禁止されている訳ではないと思うが、結婚相手については両親に権力があり、両親が子供のことを考えて、結婚相手を捜してくるそうです。その為、子供は結婚式前まで相手の名前と写真しか知らないようで、反抗することはできないらしい(驚き)!その為か分からないけど、街で若い男女が一緒にいる光景を余り見ることがない。反対にここは男通しで手をつないだりしていることが時々ある(ゲェ〜、インドでは同性愛がかなり多そう〜)。で、もし街で女性に一目惚れしたらどうするの?って聞いてみたら、「グット、我慢して見過ごすんだよ!」って言ってたよ!!!?も〜かなりビックリ!

 

(大統領官邸!かなり大きい敷地に住んでます!何故か空には多くの鷲が?)

そんなこんなで、デリーに到着。他の人からデリーはだましが多く、危険だから十分気をつける様に言われていたのだが、驚いたことにデリーはインドの他の街の比べて街自体がとてもキレイ。それでも、道の歩道で立ち小をする人や、その歩道にテントを張って何十年も住んでいる様な人、ゴミの山はあるけど、首都だけあって、公共の場所はとっても整備されている。高い建物もいくつか立て並び、会社も多いのかチラホラスーツを着ている人も!走っている車も以前はTATAと言うインド車ばかりだったが、日本車も多く見られ、何故かスズキが多い〜のにもビックリ!

 

(古い映画館のポスター)

I heard rumur of marriage in India before. On the way of Delhi, I heard all the truth of that. I don’t think dating is illegal, but you have no right to choose your wife and husband, but parents only. When parents think their kid is ready to get marry, they seek someone suitable. Until the day of wedding, you only know partner’s name and picture. There is no rebel against your parents. What a surprise!! I asked a question. “If you fall in love someone down a street, what it happens?” They answered, “We just calm and control our heart.” I was so amazed!!!

 

(街での移動はいつもごった返し!)

I heard so many bad things about Delhi such as, there are many people cheat and full of danger! However, the first impression of Delhi was clean compare to other cities in India. There are still many men pee, many homeless, and full of garbage on the sidewalk. Nevertheless, on the public space is well taking care. There are few tall building, it seems there are enough job opportunities. In India, there is only one vieachle company named TATA, but in the city of Delhi, I see many Japanese cars. I don’t know why, but many of them are Suzuki.

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2009年12月15日火曜日

ヴァーナラス


(インドの国を象徴するガンジス川)

「生と死がさまよう街」ヴァーナラスでの観光は丘の上でボーッとガンジス川を見ることである。こうして川を見ているとここでのインド人の生活状況が見えてくる様なきがする。ガンジス川では、犬は暑さでグッタリしていて、山羊が「メー、メー」鳴いていて、大きな牛がノッソリ歩いたり、水浴びをしている。時々建物の上の方では猿が走り回っていたり。。。


(街にいる牛の数はこんあもんじゃないよ!)

他にインド人がガンジス川で沐浴していたり、洗濯をしたり、凧上げをしてたり、実にホノボノとした光景が見られる。一方このガンジス川には2カ所火葬場がある。そこでは、亡くなった死体を布で包み、まるで焚火の様に川岸で火葬する。親族はその場所に売られた木材(火葬する際に悪臭を消してくれる)を購入して骨になるまで数時間待つ。しかし、貧しい親族は十分な木材を購入することができないため、死体が完全に燃え上がることがない時もあるようだ。。。そして、その骨をそのままガンジス川に流す。これがヒンドウー教徒にとって最高の幸福と信じられているようだ。その為、インド各地から最後の時をこのヴァーナラスで過ごすため、このガンジス川近辺には死を待つ家という場所がある。



(騒がしいインドのマーケットにはセピア色がよく似合う)

ヴァーナラスの道はかなり狭い。その上、車、バイク、リキシャ(オート)人、牛が行き交うので、大混乱!しかも、意味もなく大音量で音を立てて走るので、少し歩いただけでかなり疲れるし耳が痛くなる。。。ここでは交通ルールと言うものが存在そるのでしょうか!?


(ガンジス川沿いにはこんな歴史を感じさせてくれる建物も多い!)

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2009年12月12日土曜日

ブッタ・ガヤ

ここブッダ・ガヤはブッダが35歳の時、覚りを開いた場所で有名になっているのだが、思ったより小さい街だった。でも、観光客が結構多い。仏教徒の巡礼者、観光客、今では欧米でも仏教が広回っているとのこと。。。その為(?)、欧米人も熱心にお祈りしている姿がチラホラ。また聞いた話、今月の24日にはダライ・ラマもこの地を訪れるようで、その時にはかなり多くの仏教徒が世界中から来るとか!?(毎年のことかは分かりませんが。)

 

(52mの塔の中には金色のブッタが!)

一番自分自身興味深いことは、様々な宗教がこの国では盛んに行われている。ブッタ・ガヤには日本寺もあるので(その他中国寺、チベット寺、タイ寺ほか多数)、朝早くにはお寺から金が鳴り、日中にはスピカーからイスラム教徒のお祈りが響き渡り、街ではお坊さんやサリーを着たインド人女性が多く歩いている。


また、ここブッタ・ガヤがあるビハーラと言われる洲は、インドの中でももっとも教育水準が低く=貧しいとされている。その為、街の至る所に大人や子供の浮浪者が食べ物やお金を求めてくる。。。悲しい現状がここでは見られる。昔からこの場所は貧しい場所だった様で、ブッタがこの地を選んだのも貧しい人々の助けになりたかった様で、ブッタの教えでも「自分の置かれた条件のかなで、どうやったら正しく生きられるか、自地の生を完全なものにできるか。」個人的にブッタの教えは、人が生きる為の教訓にはなると思うが、これが救いへと導くかは疑問に思う。。。(ブッタ80歳にて没)

(マーケットの様子。色んな服装をした人たちが)

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2009年12月11日金曜日

サンダークープ

本当に辛かったのは2日目だった。この日は11キロ人家も何もないところを上がって行かないと行けなかった。途中でほぼ水も切れてしまい。。。脱水症状にでもなったら助からないぞ〜っと思っていた矢先、3時間半かかって頂上3636メートルに到着したのだが、お目当ての山々は曇っていて見ることが出来なかった。それどころか、気温の寒さに震えるのと同時に、お腹の調子も悪くなって、ホント念のため正露丸持って来ててよかった。(他の登山者もお腹を痛めてた人がいたので、やっぱ標高が関係するのかな〜?)

 

(最後に朝日を見たのはいつの日か?)

とりあえず、天気が明日の朝には晴れてくれることを願って、その日は早めに休もうと思ったのだが、山小屋といったらミュージック(?)。レストランに集まったインド人(=ネパール人)が民族歌を歌いだして、一緒にいた欧米人&僕にそれぞれの国の歌を歌えと!要求してくるので、僕も何故か坂本九の「上を向いて歩こう」を熱唱。それなりに盛り上がったからいいかな〜!?って、感じに寒さを歌でカバー。でも実際夜は予想以上の寒さに震えてほとんど眠れず朝を迎えた。

 

(カンチェンジュンガの山々。世界で三番目に高い山だよ!)

(世界最高峰のエベレストがちょこんと見える〜〜!)

6時頃に空が明るくなっていることに気づき外に出て、最初に発した言葉が「スゲェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」東側の地平線が黄金色に輝き、北側にはこの地球に堂々と立ち並ぶ山々。そして、北北西側には世界最高峰のエベレストが見えるではないですか!!!!!こんなに興奮したのはこの旅では初めてだった。自分が思った以上にスケールが大きすぎて。。。実際写真で見るより、絶対現地で見た方が感動も何倍も違うはず!

 

(達成の幸せを分かち合いたくて...)

3泊4日のコースだったけど、僕は2泊で戻りたかったので、朝の8時には小屋を出て、合計7時間かけて帰りは比較的緩やかな坂を約32キロ下って来た。結構体にムリをさせた様で、次の日から筋肉痛に〜〜。でも、寒いダージリンに長居をしたくなかったで、次の日にはほぼ1日かけて、ブッタ・ガヤにやってきたよ〜気温が少しは暖かくなって助かってます。


たちだけで散歩してます。上り坂も結構早い〜)


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ゴーダム

カンチェンジュンガとエベレストを良く見るにはこの近辺で最も標高があるサンダークープ(3636m)まで登る必要がある。ルートは二種類あるが、ほとんどの人は緩やかな道を上がって行き、急な坂を下って行くルートを選ぶ。また、通常ここの山をトレッキングするにはガイドを雇う必要がある。そうすると3泊4日で大体100USドルぐらいかかってしまう。勿論高い金額ではないのだが、僕は宿のオーナーの勧めでガイドなしでしかも、通常の反対ルート=最初にかなり急な坂を上って行くことになった(一日で1600m近く登ることになる)戻りのルートの際に緩やかな道を降りて行くことになった。

(途中にある小さい村の様子。意外に派手好き!)

最初、3600メートルぐらいの山なら余裕だと思っていたが、これがかなりシンドイ。他の人たちと反対ルートを選んだせいか、全然人と会わず、看板もないところを1〜2時間山道を歩くとかなり心配になってくる。その結果、今回のトレッキングで2度道を間違えてしまった。そして、2000メートル以上上に行くと山の天気はとても変わりやすく、直ぐに寒くなったり、霧が出来てたり、そして、15時過ぎには既に暗くなってくるのでトレッキングをすることが困難になってくる。


(こんな道も進まないと〜ならないんです。)

本当なら1日で頂上のサンダークプを目指したかったのだが、ここは断念して途中のゴードムと言う小さい村に泊まることになった。勿論その日の宿泊者は僕だけ。。。前回のアップの時に書いた様にここはインドではあるがどうもネパールとの国境が近くということもあり、国籍はインド人でも、話す言葉はネパール語で、見た目を一般的に想像するインド人ではなく、東アジア人の顔立ちをしている。その為かここでも僕はネパール人と間違えられることが何度か。。。!?とにかく、ここは山の中なので、学校や病院、買い物などは何と2時間近く山を下ったところに行くしかないよう(基本的に時給自走だけど)。とっても不自由に思ったけど、ここではその様な生活をしている家族が多い。でも聞いたところ、そんな山に囲まれ、電気も1日数時間しか使えない生活だけど。この場所が好きだって、迷いなく言ってたのは少し印象的だったなあ〜


(ほのぼのとした風景に心が休まるねえ〜)

日本だったら冬の時期に停電になって、暖房設備は使えなくなったりしたら、偉いクレームや問題になると思うけど、ここでは電気も暖房もないのが当たりまえ。不自由に思えてしまう自由を生きている家族を目の当たりにした1泊だった。


(興味深かった、ダライラマの言葉)

宿のおじさんが僕にどっから来たの?って聞いて来たので、「日本です」って答えたら。「あ〜、韓国と同じだよね!」なって言っていたので、奥さんが「違うわよ」って突っ込んでいた。次におじさんは「日本はアメリカドルを使うんだろ。」って自信ありげに言っていたけど、今度も奥さんに「違う」って突っ込まれて、僕が「日本はスリランカみたいな小さい島国だよ。」って言ったらとても喜んでいた!とってもお茶目なおじさんだった。

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2009年12月6日日曜日

ダージリン

コルカタからダージリンに向かった。列車かバスがあると聞いていたので、中国以来久しぶりに列車に乗ることにした。話では聞いていたのだが、インドの移動はかなりシンドイ。。。まず、チケットは予約制なのだが、直ぐに満席になってしまう。旅行会社を通して買うことも出来るのだが、手数料が結構する。それで、最近から(?)外国人専用チケット売り場ができたようで、速攻列車のチケットを購入。

(途中でトラックとぶつかったのか、列車が止まってしまいました〜)

まず、ビビったのが出発する駅に人が溢れている!!(インドでは公共の場所は基本的に写真は撮ってダメだったので、少し残念...)列車が出発と同時にもの凄い音を立て発車するのだが、乗り遅れた様な人が走って列車に飛び乗ってる!かなり衝撃的!またインドの列車は中国のと結構違って、安いだけあって物置き場もないので、大きいバックパックを自分のベッドに置き、睡眠を取るしかない。勿論、毛布もないので結構寒かったよ〜

(結構山の絶壁にいくつもの家が建ち並んでいます。)

とりあえず、ニュー・ジャルパイグリと言う駅から、世界遺産にも登録されている「トイ・トレイン」に乗って再出発!このトイ・トレイン名前のごとくオモチャみたいな列車(三両のみ)なのだが、ゆっくりでもどんどん山を登って、8時間以上かかって標高2134mの街ダージリンに到着!したのがだ、17時で既に真っ暗!それでいてかなり寒い〜〜直ぐに毛糸の手袋と帽子を購入!最初は慣れない為か、空気が若干薄いのか、直ぐに疲れてしまう。そんな中、明日から3泊4日のトレッキングに挑戦!山からは8586mのカンチェンジュンガが見えるそうで!気分は絶頂!でも、今は少し指が震えながらブログ書いてるけど。。。


(紅茶が有名なダージリン。オーナーがレゲイ好きの様で、壁にはボブ・マーリーの写真がいっぱい)

ここダージリンは肌色が黒いインド人というより、もっとチャイニーズ(東アジア人)に近い顔立ちの人が多く。なんだか、ちょっとインドって感じがしないかな〜街の通りはこんな感じ、寒い時期なので、冬物が多く売られてるかな?


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2009年12月4日金曜日

コルカタ part2

引き続き、コルカタについて。コルカタにはまだまだ不思議なことが多い。特に気になるのが女性のサリーについて。まずここコルカタの街で女性を見ることが少ない。男性の割合に比べて女性が圧倒的に少ない。(おおよそ男性8割、女性2割ぐらい)今読んでいる椎名 誠氏の「インドでわたしも考えた」の中でコルカタの女性は余り外に出ないことが書かれているけど、その理由については詳しく書かれていない。。。これはコルカタだけに限ることなのか、かなり不思議でしょうがない。そして、表題のサリーについてだが、今日街をぐるぐる歩いていたら、どうも若い女性は少しずつサリーから洋服に変わりつつある様に感じた。中でも、パンツだけジーンズを履いて、上はサリー調の服を着ているようだ。しかも、女学校の近辺を通った時もサリーではなく、どこにでもある様な制服を着ていたので、どうも必ずしもサリーを着ないといけないルールではなさそう。(インド人の女性とサリーについてもっと詳しく話したいけど。。。なかなかそんな機会がないなあ〜)

 

(コルカタの町並み。圧倒的に男性の数が多い〜)

他にも気になることはたくさんあるけど、次に気になるのはインド料理。インドの料理はほとんどがカレーフレーバー。と言っても日本のカレーとはかけ離れているけど、結構飽きない。屋台で食べると大体10〜30ルピー(約20〜60円)で一食分食べられる。ほとんど手で食べるため、終わったら水洗い場があるので、そこで手を洗って終了って感じ。インドカレーと言うと何とな〜く辛い印象があるけど、結構場所によって様々で、マイルドカレーも多いので助かってます。

(種類も多く思った以上に美味しいよ!)

ここインドは基本的にヒンドゥー教徒が多いので豚は汚れたものとして食べないし、牛は神聖なものとして食べないので、どこに行っても鶏肉が主食。そんなところにマックがあったので少し興味本意で入ってみると、マックのメニューも全てチキンバーガー!?やられた〜!毎日鳥ばかり食べているので、そろそろ牛・豚が食べたい今日この頃。。。(因にここインドではベジタリアンが多い様で、レストランなどのメニューにはほとんどベジかノンベジなどと区別されていることがあるのにも少し驚き)。そんな中、ビーフが食べられるところを発見!?と言っても、「地球の歩き方」に書いてあるレストランだけど。金額としては200ルピー(約400円)ぐらい。インドでは結構な金額。その為、場所もホテルの一角にある為、ちょっと高級感もある。

(コルカタに行く際は、ここに行くべし!)

聞くところ、やはりインドで牛肉を扱うには政府からの許可が必要で、広告もホントはだしてはいけないよう。。しかも、インド人も10%ぐらいの人しかビーフはやっぱり食べないみたい。牛もインドの国産の為、結構貴重な体験!(噂ではインドで牛は殺せないため、乳が出なくなった牛とかは、他の国に輸出するとか)それと、インドでは何故かポテトもかなり美味しい!暑いインドのはずなのに、これも国産だとか!ちょいビックリ!?他にもインドでは驚くこと、不思議なことが多いので今後も気づいたことをアップしま〜す。

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2009年12月3日木曜日

コルカタ

旅をしていると様々な日本人に出会う。その中でもとても興味深いのは、インド長期滞在者(?)だった人たちの話がとても印象的だった。ある人は1年、10ヶ月、3ヶ月と様々だか、各自様々な体験をしているようだった。それらの話で一律していることは;インドの道はとにかく汚い、しょっちゅう声を掛けてくる、だまそうとする。など、余り前向きな話し手はないが、それでも多くの人たちがインド人を憎めないと口を揃えて行っていたことを思い出した。


飛行機でクアラルンプールからコルカタまで約4時間。コルカタに着いたのは夕方の5時近くだった。まず、到着して空港の外にでてビックリ!?既に空が暗い。。。!と、言うことは、朝日が昇るのが早いのかな?と思いきや、朝は6時に日が昇り始めた。なんと、ここでは日が昇っている時間帯がたった11時間しかないのです!衝撃的だったので、現地インド人に聞いたら「ああ、そうだよ。」なんて、結構普通だった。。。気温も今は冬と聞いていたので、インドと言えども若干寒いのかな?と思いきや、日中は半袖で十分。まあ、朝や夜は若干冷えるけど。でも、現地インド人はセーター着てる人が結構いる!


かなり雰囲気が良いタクシーの運転手(ここのタクシーはすべてこの形で色は白か黄色)

ここコルカタはインド4大都市として知られている様に、人が多く生活のリズムが少し早い。その上、車の量が多く、バスはいつも満席、その為空気が悪く直ぐに喉の調子が悪くなり、疲れが溜まりやすい。その為、路上にはチャイと言われる甘い紅茶の屋台が多くある。屋台によってショウガやシナモンフレーバーがあって3ルピー(約6円ぐらい)で飲める。他にビスケットやクッキーなどを一緒に売っていて、現地インド人は勿論、観光者のも大人気!ここチャイの屋台でもビックリしたのが、多くの屋台で利用しているチャイを入れるカップは簡単な陶器で出来ていて、飲み終わったらそのまま捨ててしまう!日本人の感覚からするとちょっともったいない、洗って再利用すれば良いのにと思うのだが、インド人には他の感覚は違うのだ。

 

(街のあちらこちらに、こんなチャイの屋台がある。)

(チャイの器)

そう、コルカタは実はあのマザー・テレサの働きの拠点にもなっている場所なんです。で、実は旅行者でも登録さえすれば何日でもボランティアが出来る仕組みになっているようで、僕も1日ぐらいはボランティアをしよーとおもったけど、登録日は毎週月、水、金の15時〜と決められていて、丁度僕が行った日が休み(?)閉まっていた様で何も出来ずできなかった。。。因にボランティアに行った人の話を聞いたらいくつか種類があるようで、1.孤児の家 2.障害者の家 3.薄弱者の家 4.死を待つ人の家など。ここコルカタもマレーシア同様様々な熱心な宗教者がいる様子。今回初めて観光地(?)にもなっているヒンドゥー教の寺院に行ってみたら、ヤギの生贄をやっていた。聞くと毎日生贄があるようです。一瞬にしてヤギの首を斧で割き、毛皮を裂いて、部分部分の肉を細かく、何も残らない様に解体して袋に詰め、それを買って帰る人がいるのです!?ほんの10分程度で全てが終わってしまいホント言葉で書くのは簡単でも、現場はかなり残酷だった。(現地のインド人は毎日やっているせいで何事もない様に、手際よく解体を行っていたけど)。

 

(セント・ポール寺院。コルカタには他にも結構カトリック教会があり、日曜日にはミサも行っている。)

ここでインド人の女性について少し話すと、ほぼ90%の確率でサリーを着ているのだが、サリーを着ると若干横や前のお腹が出ていることに気づく。そうするとインド人のおばちゃんと言われる人たちのお腹はかなり弛んでいるのが、見たくなくても、目に入ってしまう。こうなる原因を考えてみる;インドでは毎日男女問わずよくチャイを飲む、これにはかなりの砂糖が入っているため、これは絶対原因の一つである、もう一つは運動不足!ここコルカタには全長3キロにも及ぶ公園(草広場)がある。そこを訪れてみると、多くの男性がクリケットをしたり、サッカーや乗馬(馬に乗るだけ)をしているのが目につくが、女性の姿がない!?そして、最後にインド料理は思った以上に油っぽい。おそらくこれらが女性を肥満にされる原因だと思う。

 

(ヴィクトリア記念堂。コルカタの歴史資料が保存されている)

冒頭に書いた様にインドはやっぱり汚いし臭う。そして、しょっちゅう「どっから来たんだ?」とか、「カルカタはどうだ?」とか聞いて来たり、公園で写真を撮っていると「俺のことも撮ってくれ」と来て撮られた自分をカメラの画面でみて満足している。多分これらのことは今まで、中国、東南アジアをわたって来て慣れたせいか、そこまで辛くないが、初めての海外旅行がここコルカタだったら、僕だったら多分もう海外に行きたいと思わなくなるぐらいここは衝撃的だと思う!そんなコルカタの滞在も4泊5日で終わり、次は紅茶で有名なダージリンに行ってきま〜す。

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